【大阪地判平成16年11月15日】杭圧入引抜機事件

 5 争点(4)(権利濫用の有無)について

 ア 一般に、特許権侵害訴訟を審理する裁判所は、特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができ、審理の結果、当該特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である。

 この点につき、被告らは、特許法改正の法律案要綱では、いわゆる明白性の要件は削られており、特許の無効理由の存在が明らかであることを要するとする明白性の要件は撤廃され、特許法104条の3として結実することになっているのであるから、現時点において、明白性の要件を不要とする立法事実が存するのは明らかであり、かつ、将来、不要となる要件を現時点で要求するのは明らかに不合理であると主張する。

 そして確かに、裁判所法等の一部を改正する法律(平成16年法律第108号)により、特許法104条の3第1項として、「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。」との条項が新たに追加され、この条項は平成17年4月1日から施行されることになっている。

 しかしながら、本来、特許法は、特許に無効理由が存在する場合に、これを無効とするためには専門的知識経験を有する特許庁の審判官の審判によることとし、無効審決の確定により特許権が初めから存在しなかったものとみなすものとしており、したがって、特許権は無効審決の確定までは適法かつ有効に存続し、対世的に無効とされるわけではない。

 上記のとおりの特許無効理由の存在と特許権の有効性についての一般原則に照らすと、新設された特許法104条の3第1項は、特許権侵害訴訟の被告に、訴訟法上の抗弁権を新たに認めたものと解すべきであり、このような条項が新設されたからといって、その施行前の現時点において、その内容がそのまま、民法1条3項にいう権利濫用の評価根拠事実となると解すべきものではない。被告らの上記主張は、当裁判所の採用するところではない。

 したがって、以下では、原告の本訴請求が権利濫用に当たるか否かを判断するために、本件特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて検討する。