【最判平成12年04月11日】キルビー特許の最高裁判決

 

 五 そこで、進んで二3記載の原審の判断について検討する。

 なるほど、特許法は、特許に無効理由が存在する場合に、これを無効とするためには専門的知識経験を有する特許庁の審判官の審判によることとし(同法一二三条一項、一七八条六項)、無効審決の確定により特許権が初めから存在しなかったものとみなすものとしている(同法一二五条)。したがって、特許権は無効審決の確定までは適法かつ有効に存続し、対世的に無効とされるわけではない。

 しかし、本件特許のように、特許に無効理由が存在することが明らかで、無効審判請求がされた場合には無効審決の確定により当該特許が無効とされることが確実に予見される場合にも、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求が許されると解することは、次の諸点にかんがみ、相当ではない。

 (一) このような特許権に基づく当該発明の実施行為の差止め、これについての損害賠償等を請求することを容認することは、実質的に見て、特許権者に不当な利益を与え、右発明を実施する者に不当な不利益を与えるもので、衡平の理念に反する結果となる。また、(二) 紛争はできる限り短期間に一つの手続で解決するのが望ましいものであるところ、右のような特許権に基づく侵害訴訟において、まず特許庁における無効審判を経由して無効審決が確定しなければ、当該特許に無効理由の存在することをもって特許権の行使に対する防御方法とすることが許されないとすることは、特許の対世的な無効までも求める意思のない当事者に無効審判の手続を強いることとなり、また、訴訟経済にも反する。さらに、(三) 特許法一六八条二項は、特許に無効理由が存在することが明らかであって前記のとおり無効とされることが確実に予見される場合においてまで訴訟手続を中止すべき旨を規定したものと解することはできない。

 したがって、特許の無効審決が確定する以前であっても、特許権侵害訴訟を審理する裁判所は、特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができると解すべきであり、審理の結果、【要旨】当該特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である。このように解しても、特許制度の趣旨に反するものとはいえない。大審院明治三六年(れ)第二六六二号同三七年九月一五日判決・刑録一〇輯一六七九頁、大審院大正五年(オ)第一〇三三号同六年四月二三日判決・民録二三輯六五四頁その他右見解と異なる大審院判例は、以上と抵触する限度において、いずれもこれを変更すべきである。