【東京高判平成14年04月11日】外科手術を再生可能に光学的に表示するための方法及び装置事件


 医療行為の場合,上記とは状況が異なる。医療行為そのものにも特許性が認められるという制度の下では,現に医療行為に当たる医師にとって,少なくとも観念的には,自らの行おうとしている医療行為が特許の対象とされている可能性が常に存在するということになる。しかも,一般に,ある行為が特許権行使の対象となるものであるか否かは,必ずしも直ちに一義的に明確になるとは限らず,結果的には特許権侵害ではないとされる行為に対しても,差止請求などの形で権利主張がなされることも決して少なくないことは,当裁判所に顕著である。医師は,常に,これから自分が行おうとしていることが特許の対象になっているのではないか,それを行うことにより特許権侵害の責任を追及されることになるのではないか,どのような責任を追及されることになるのか,などといったことを恐れながら,医療行為に当たらなければならないことになりかねない。医療行為そのものを特許の対象にする制度の下では,それを防ぐための対策が講じられた上でのことでない限り,医師は,このような状況で医療行為に当たらなければならないことになるのである。

 医療行為に当たる医師をこのような状況に追い込む制度は,医療行為というものの事柄の性質上,著しく不当であるというべきであり,我が国の特許制度は,このような結果を是認するものではないと考えるのが,合理的な解釈であるというべきである。そして,もしそうだとすると,特許法が,このような結果を防ぐための措置を講じていれば格別,そうでない限り,特許法は,医療行為そのものに対しては特許性を認めていないと考える以外にないというべきである。ところが,特許法は,医薬やその調合法を,飲食物等とともに,不特許事由から外すことにより、これらを特許の保護の対象に加えることを明確にした際にも,医薬の調合に関する発明に係る特許については,「医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬」にはその効力が及ばないこととする規定(特許法69条3項)を設ける,という措置を講じたものの,医療行為そのものに係る特許については,このような措置を何ら講じていないのである。

 特許法は,前述のとおり,1条において,「この法律は,発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もつて産業の発達に寄与することを目的とする。」と規定し,29条1項はしら書きにおいて,「産業上利用することができる発明をした者は,次に掲げる発明を除き,その発明について特許を受けることができる。」と規定しているものの,そこでいう「産業」に何が含まれるかについては,何らの定義も与えていない。また,医療行為一般を不特許事由とする具体的な規定も設けていない。そうである以上,たとい,上記のとおり,一般的にいえば,「産業」の意味を狭く解さなければならない理由は本来的にはない,というべきであるとしても,特許法は,上記の理由で特許性の認められない医療行為に関する発明は,「産業上利用することができる発明」とはしないものとしている,と解する以外にないというべきである。

 医療行為そのものについても特許性が認められるべきである,とする原告の主張は,立法論としては,傾聴すべきものを有しているものの,上記のとおり,特許性を認めるための前提として必要な措置を講じていない現行特許法の解釈としては,採用することができない