【東京高判昭和63年09月13日】特29条の2とパリ優先権

 ところで、原告は、本件審決は、本願発明の出願日との関係で引用すべからざる文献を引用した旨主張するから、この点について審案するに、特許法第二九条の二の規定は、後願の出願後に先願の出願公告又は出願公開がなされたときには、先願の願書に添付した明細書又は図面に記載された発明と同一である限り(双方の発明者が同一人であるか、双方の出願人が同一である場合を除く。)後願は許されないとするもので、昭和四五年法律第九一号による出願審査制度(同法第四八条の二ないし六)や出願公開制度(同法第六五条の二及び三)の新設と同時に設けられた規定であるが、その主たる立法趣旨は、先願主義のもと、先願の出願公告又は出願公開以前に出願された後願であつても、その内容が先願の明細書又は図面に記載された発明と同一内容の発明である場合には、そのような発明に特許を与えることは、公開に対する代償としての特許制度の趣旨から妥当ではなく、先願の明細書及び図面の記載事項全部に先願としての地位を認め、その内容と同一の発明に係る後願を排除することが妥当であるとする点と新たに設ける出願審査請求制度のもとにおいて、他の出願(先願)の審査請求や査定の確定、更には他の出願(先願)の取下、放棄、無効の確定をまたずに当該特許出願(後願)の処理を可能にするには、先願の全内容、すなわち、補正、分割により特許請求の範囲を増減変更できる範囲の最大限である当初の明細書及び図面の記載事項全部に先願としての地位を認めておかなければ、客観的にみて後願の妥当かつ迅速な処理が不可能であるという点にあるものと解されるところ、このことは先願が優先権主張のない国内出願であると優先権主張を伴う出願であると問わないところであるから、優先権主張を伴う特許出願においても、優先権主張のない国内出願におけるのと同様、その出願人は、補正、分割(優先権主張具備の分割出願)により特許請求の範囲を当初の明細書及び図面に記載された範囲全部に拡張、変更することができ、それについてパリ条約第四条B項及び特許法第二六条の規定による優先権の利益を享受し得るものと解すべきであつて、優先権主張を伴う出願においても、その明細書及び図面に記載された範囲全部に実際に特許請求の範囲に記載された発明と同じ先願としての地位の基準日、換言すると後願排除の基準日を与えるのが相当であり、この場合の先願としての地位の基準日(後願排除の基準日)は、パリ条約第四条B項及び特許法第二六条の規定により優先権主張日(第一国出願日)を指すものと解すべきである。このように解することは、特許法第二九条第一項第三号の規定や出願の日から一年六か月経過後に行われる出願公開及び出願日から自由に補正をすることができるとされている一年三か月の期間が、優先権主張出願については、我が国における現実の出願日からではなく、優先権主張日から起算される(同法第一七条第一項ただし書)とされていることも整合するものである。