特許法(判例)

【最判昭和44年10月17日】地球儀型トランジスターラジオ受信機事件

 旧意匠法九条にいう「其ノ意匠実施ノ事業ヲ為シ」とは、当該意匠についての実施権を主張する者が、自己のため、自己の計算において、その意匠実施の事業をすることを意味するものであることは、所論のとおりである。しかしながら、それは、単に、その者が、自己の有する事業設備を使用し、自ら直接に、右意匠にかかる物品の製造、販売等の事業をする場合だけを指すものではなく、さらに、その者が、事業設備を有する他人に注文して、自己のためにのみ、右意匠にかかる物品を製造させ、その引渡を受けて、これを他に販売する場合等をも含むものと解するのが相当である。

 被上告人らは、訴外D社の注文にもとづき、専ら同社のためにのみ、本件地球儀型トランジスターラジオ受信機の製造、販売ないし輸出をしたにすぎないものであり、つまり、被上告人らは、右D社の機関的な関係において、同社の有する右ラジオ受信機の意匠についての先使用権を行使したにすぎないものである、とした原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、首肯することができる。そして、右事実関係のもとにおいて、被上告人らがした右ラジオ受信機の製造、販売ないし輸出の行為は、右D社の右意匠についての先使用権行使の範囲内に属する、とした原審の解釈判断は、正当として是認することができる。

【名古屋地判平成17年04月28日】先使用権の援用

 一般に,特許法79条が先使用による通常実施権の制度を定めたのは,特許出願の際に,国内においてその発明と同一の技術思想を有していただけでなく,更に進んでその発明の実施である事業をしていたり,その事業の準備をしていた善意の者については,公平の見地から,出願人に特許権が付与された後においてもなお継続してこれを実施する権利を認めるのが相当と考えられたことによると解される。

 そうすると,ある発明について先使用権を有している製造業者が,先使用権の範囲内の製品を製造して販売業者に販売し,当該販売業者が同製品を販売(転売)するような場合においては,当該販売業者について先使用権の発生要件の具備を問うまでもなく,当該販売業者は製造業者の有する先使用権を援用することができると解するのが相当である。なぜなら,そのように考えないと,販売業者が製造業者から同製品を購入することが事実上困難となり,ひいては先使用権者たる製造業者の利益保護も不十分となって,公平の見地から先使用権を認めた趣旨が没却されるからである。

 もっとも,先使用権者たる製造業者の利益保護のためには,販売業者による同製品の販売行為が特許権の侵害にならないという効果を与えれば足りるのであって,製造業者が先使用権を有しているという一事をもって,販売業者にも製造業者と同一の先使用権を認めるのは,販売業者に過大な権利を与えるものとして,これまた,先使用権制度の趣旨に反することが明らかである。

【最判昭和61年10月03日】ウォーキングビーム炉事件

 また、同法七九条にいう発明の実施である「事業の準備」とは、特許出願に係る発明の内容を知らないでこれと同じ内容の発明をした者又はこの者から知得した者が、その発明につき、いまだ事業の実施の段階には至らないものの、即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されていることを意味すると解するのが相当である。

 ここにいう「実施又は準備をしている発明の範囲」とは、特許発明の特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に日本国内において実施又は準備をしていた実施形式に限定されるものではなく、その実施形式に具現されている技術的思想すなわち発明の範囲をいうものであり、したがつて、先使用権の効力は、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶものと解するのが相当である。けだし、先使用権制度の趣旨が、主として特許権者と先使用権者との公平を図ることにあることに照らせば、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式以外に変更することを一切認めないのは、先使用権者にとつて酷であつて、相当ではなく、先使用権者が自己のものとして支配していた発明の範囲において先使用権を認めることが、同条の文理にもそうからである。そして、その実施形式に具現された発明が特許発明の一部にしか相当しないときは、先使用権の効力は当該特許発明の当該一部にしか及ばないのはもちろんであるが、右発明の範囲が特許発明の範囲と一致するときは、先使用権の効力は当該特許発明の全範囲に及ぶものというべきである。

【最判昭和48年04月20日】墜道管押抜工法事件

 しかしながら、特許権者から許諾による通常実施権の設定を受けても、その設定登録をする旨の約定が存しない限り、実施権者は、特許権者に対し、右権利の設定登録手続を請求することはできないものと解するのが相当である。その理由は、つぎのとおりである。

 すなわち、特許権の許諾による通常実施権は、専用実施権と異なり実施契約の締結のみによつて成立するものであり、その成立に当つて設定登録を必要とするものではなく、ただ、設定登録を経た通常実施権は、「その特許権若しくは専用実施権又はその特許権についての専用実施権をその後に取得した者に対しても、その効力を生ずる」(特許法九九条一項参照)ものとして、一種の排他的性格を有することとなるにすぎない。そして、通常実施権は、実施契約で定められた範囲内で成立するものであつて、許諾者は、通常実施権を設定するに当りこれに内容的、場所的、時間的制約を付することができることはもとより、同時に同内容の通常実施権を複数人に与えることもでき、また、実施契約に特段の定めが存しないかぎり、実施権を設定した後も自ら当該特許発明を実施することができるのである。これを実施権者側からみれば、許諾による通常実施権の設定を受けた者は、実施契約によつて定められた範囲内で当該特許発明を実施することができるが、その実施権を専有する訳ではなく、単に特許権者に対し右の実施を容認すべきことを請求する権利を有するにすぎないということができる。許諾による通常実施権がこのような権利である以上、当然には前記のような排他的性格を有するということはできず、また右性格を具有しないとその目的を達しえないものではないから、実施契約に際し通常実施権に右性格を与え、所定の登録をするか否かは、関係当事者間において自由に定めうるところと解するのが相当であり、したがつて、実施権者は当然には特許権者に対し通常実施権につき設定登録手続をとるべきことを求めることはできないというべく、これを求めることができるのはその旨の特約がある場合に限られるというべきである。

【東京地判平成14年01月28日】金属製装身具ネックレス事件

 すなわち,特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて解釈すべきであるから,その解釈に当たって,特段の事情がない限り,明細書の特許請求の範囲の記載を意味のないものとして解釈することはできない。確かに,物の発明において,物の構造及び性質によって,発明の目的となる物を特定することができないため,物の製造方法を付加することによって特定する場合もあり得る。そして,このように,特許請求の範囲に,発明の目的を特定する付加要素として,製造方法が記載されたというような特段の事情が存在する場合には,当該発明の技術的範囲の解釈に当たり,特許請求の範囲に記載された製造方法によって製造された物に限定することが,必ずしも相当でない場合もあり得よう。

 本件についてこれをみると,①本件発明の目的物である止め具は,その製造方法を記載することによらなくとも物として特定することができ,構成要件Fは,本件発明の目的物を特定するために付加されたものとはいえないこと,②本件特許出願に対して,平成12年8月4日付けで,拒絶理由通知が発せられ,原告は,これを受けて,平成12年8月28日,特許庁に対して手続補正書を提出し,同補正により,構成要件Fを追加したこと(乙25,26,弁論の全趣旨)等の経緯に照らすならば,構成要件Fは,本件発明の技術的範囲につき,正に限定を加えるために記載されたものであることは明らかである。

【東京地判平成09年07月17日】インターフエロン事件

 そして、一般に、特許請求の範囲が生産方法によって特定された物であっても、対象とされる物が特許を受けられるものである場合には、特許の対象は飽くまで生産方法によって特定された物であると解することが発明の保護の観点から適切であり、本件において、特定の生産方法によって生産された物に限定して解釈すべき事情もうかがわれないから、本件特許請求の範囲にいう「ヒト白血球インタフェロン」は、産生細胞たる「ヒト白血球」から得られたものに限らず、他の細胞から得られたものであっても、物として同一である限り、その技術的範囲に含むものというべきである。

【東京地判平成12年03月23日】均等論の第一要件の本質的部分

(一) 均等が成立するためには、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品と異なる部分が特許発明の本質的部分ではないことを要するが、右にいう特許発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的部分、言い換えれば、右部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当である。

【最判平成10年02月24日】ボールスプライン軸受け事件

 1 特許権侵害訴訟において、相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)が特許発明の技術的範囲に属するかどうかを判断するに当たっては、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて特許発明の技術的範囲を確定しなければならず(特許法七〇条一項参照)、特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合には、右対象製品等は、特許発明の技術的範囲に属するということはできない。しかし、特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、(1)右部分が特許発明の本質的部分ではなく、(2)右部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、(3)右のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、(4)対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、(5)対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、右対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。ただし、(一)特許出願の際に将来のあらゆる侵害態様を予想して明細書の特許請求の範囲を記載することは極めて困難であり、相手方において特許請求の範囲に記載された構成の一部を特許出願後に明らかとなった物質・技術等に置き換えることによって、特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば、社会一般の発明への意欲を減殺することとなり、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に反するばかりでなく、社会正義に反し、衡平の理念にもとる結果となるのであって、(二)このような点を考慮すると、特許発明の実質的価値は第三者が特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして容易に想到することのできる技術に及び、第三者はこれを予期すべきものと解するのが相当であり、(三)他方、特許発明の特許出願時において公知であった技術及び当業者がこれから右出願時に容易に推考することができた技術については、そもそも何人も特許を受けることができなかったはずのものであるから(特許法二九条参照)、特許発明の技術的範囲に属するものということができず、(四)また、特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど、特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて、特許権者が後にこれと反する主張をすることは、禁反言の法理に照らし許されないからである。

【大阪地判平成12年10月24日】製パン機事件

 先に述べたとおり、特許法101条2号の「その発明の実施にのみ使用する物」という要件は、前記のとおり、特許権の効力の不当な拡張とならない範囲でその実効性を確保するという観点から、特許権侵害とする対象を、それが生産、譲渡等される場合には当該特許発明の侵害行為(実施行為)を誘発する蓋然性が極めて高い物の生産、譲渡等に限定して拡張する趣旨に基づくものである。そうすると、「その発明の実施にのみ使用する物」という要件が予定する「実施」がどのようなものでなければならないかを検討するに当たっては、当該特許発明の直接侵害行為(実施行為)を規制することとは別に、間接侵害行為をどの程度まで規制することが、特許権の効力の不当な拡張とならない範囲で特許権の効力の実効性を確保するものといえるかという観点を抜きにしては考えられないものというべきである。

 しかるところ、本来、日本国外において、日本で特許を受けている発明の技術的範囲に属する方法を使用してその価値を利用しても、日本の特許権を侵害することにはならない。それは、日本における特許権が、日本の主権の及ぶ日本国内においてのみ効力を有するにすぎないことに伴う内在的な制約によるものであり、このような見地から、特許法2条3項にいう「実施」は、日本国内におけるもののみを意味すると解すべきである。そうすると、外国で使用される物についてまで「その発明の実施にのみ使用する物」であるとして特許権の効力を拡張する場合には、日本の特許権者が、本来当該特許権によっておよそ享受し得ないはずの、外国での実施による市場機会の獲得という利益まで享受し得ることになり、不当に当該特許権の効力を拡張することになるというべきである。

 この点について原告は、外国において使用される物であっても、日本から米国市場に向けて販売するという原告の経済的効用を奪っていると主張するが、米国で発明2を実施することにより得られる市場機会は、日本の特許権者たる原告にはそもそもおよそ保障されていないのであるから、日本から米国市場に向けて販売するという原告の経済的効用も、日本の特許権によって保護されるべきものではないというべきである。

 したがって、「その発明の実施にのみ使用する物」における「実施」は、日本国内におけるものに限られると解するのが相当であり、このように解することは、前記のような特許法2条3項における「実施」の意義にも整合するものというべきである。

【最判平成11年07月16日】カリクレイン事件

 2 方法の発明と物を生産する方法の発明とは、明文上判然と区別され、与えられる特許権の効力も明確に異なっているのであるから、方法の発明と物を生産する方法の発明とを同視することはできないし、方法の発明に関する特許権に物を生産する方法の発明に関する特許権と同様の効力を認めることもできない。そして、当該発明がいずれの発明に該当するかは、まず、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて判定すべきものである(同法七〇条一項参照)

 4 特許法一〇〇条二項が、特許権者が差止請求権を行使するに際し請求することができる侵害の予防に必要な行為として、侵害の行為を組成した物(物を生産する方法の特許発明にあっては、侵害の行為により生じた物を含む。)の廃棄と侵害の行為に供した設備の除却を例示しているところからすれば、【要旨第二】同項にいう「侵害の予防に必要な行為」とは、特許発明の内容、現に行われ又は将来行われるおそれがある侵害行為の態様及び特許権者が行使する差止請求権の具体的内容等に照らし、差止請求権の行使を実効あらしめるものであって、かつ、それが差止請求権の実現のために必要な範囲内のものであることを要するものと解するのが相当である。

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